小牧野遺跡とは?

小牧野遺跡とは?

環状列石(真上から)

環状列石(真上から)

本遺跡は、青森市野沢字小牧野に所在し、縄文時代後期前半に作られた環状列石を主体とする遺跡です。
遺跡は、荒川と入内川に挟まれた舌状台地の標高140メートル付近に位置しています。

環状列石は、埋葬、祭祀・儀礼に深く関わるもので、膨大な日数と労力をかけて作られており、縄文人の組織力を見せつけるモニュメントでもあります。

小牧野遺跡は、そうした縄文時代の葬送・祭祀などに関わる精神生活、土地の造成や石の運搬などの土木工事の実態などを知る上で極めて貴重であることから、平成7年3月に青森市としては初の国指定史跡となりました。これまでの調査では、3重構造の環状列石のほかに竪穴式住居跡、土器棺墓や土坑墓群、貯蔵穴や遺物の捨て場、湧水遺構、道路跡等が見つかっています。

遺物は、土坑墓群を主体とする墓域や捨て場を中心に土器や石器、石製品などが見つかっており、とくに際立ったものとして祭祀的要素の強い三角形岩版や円形岩版が見つかっています。

また、本遺跡では、北海道の続縄文文化の影響を受けた土器が多く出土しています。

小牧野遺跡 環状列石

環状列石に隣接する墓域や捨て場を中心に土器や石器など日常的に使用されている道具のほか、土偶や三角形岩版をはじめとする祭祀的色彩の強い遺物も出土しています。

土偶 動物や狩猟の意匠のある遺物
土偶 動物や狩猟の意匠のある遺物

特に三角形岩版は、小牧野遺跡の代表的な遺物であり、これまでに400点をこえる数が確認されています。このような岩版は、青森県の津軽地域を中心に製作されていると考えられています。また、三角形岩版が出土する遺跡は環状列石などの大型配石遺構を有する場合が多く、祭祀などで人が多く集まる場所で使用されたものと思われます。

三角岩版

三角形岩板

環状列石を作った縄文の人々は、いったいどこに住んでいたのでしょうか?また彼らはどのような生活を送っていたのでしょうか?発掘調査では、環状列石とともに縄文人が住んでいたと考えられる竪穴住居跡、貯蔵穴群、捨て場跡、湧水遺構など生活に必要な遺構のほか、土坑墓や土器棺墓など墓制に関わる遺構も確認されています。

土器棺墓

土器棺墓土器棺墓とは、一度遺体を墓に埋葬し、その骨を数年後に取り出し、写真のような土器棺に納め、再び埋葬する施設のことで再葬墓とも呼ばれています。これまでに環状列石から合計4基の土器棺墓が発見されています。

竪穴住居跡

竪穴住居跡小牧野遺跡では、環状列石と同じ時期の竪穴住居跡が現在までに2件確認されており、いずれも墓域(墓場)の中につくられています。

土坑墓

土坑墓

小牧野遺跡では、100基をこえる土坑墓が、環状列石に隣接する東側緩斜面一帯に分布しています。墓には円形のものや楕円形のもの、石を立てるもの、フラスコ状の貯蔵穴を再利用したものなど、さまざまあります。

なお、日本の土壌は酸性度が高いことから骨が分解されやすく、小牧野遺跡でも人骨は残っていませんでした。

捨て場跡

捨て場

捨て場跡は、沢地形へと傾斜が始まる地点に形成されており、多量の土器・石器のほか、土偶や三角形岩版などが出土しています。

環状列石を形作っている石は、現在約2,900個を数え、ほとんどが安山岩で構成されています。

これらの石は小牧野遺跡から東に500m~1km程離れた「荒川」一帯から運ばれたものと考えられます。

なお、現在までの環状列石の総重量は推定で1,054kg、平均10.8kgを計測しています。

遺跡と荒川 荒川
遺跡と荒川(右)の位置 荒川

環状列石が作られる前、その場所は緩やかな斜面でした。

縄文人ははじめ(1)のように斜面の高い方を削り取り、その土を低い方に盛土しました(2)。

その後、石を川から運び、(3)のように石が並べられました。

環状列石と土木工事

  1. 斜面を切土する。
  2. 斜面へ盛土する
  3. 石を並べる
  4. 継続して盛土、配石等を行う。

石は、削り取られた部分や盛土された部分の段差を利用して並べられているため、立体的な構造となっています。

また、環状列石は長い年月をかけ土地造成や配石作業が継続して行われていることもわかりました。

環状列石を見てみよう!

環状列石の実測図

緑色の部分については、現在盛土や芝などで保護している区域です。

環状列石の大きさと構造

小牧野遺跡の環状列石は、大規模な労働力の集中によって構築された直径55mにもおよぶ大型の記念物(モニュメント)です。

直径35mの外帯・29mの内帯・2.5mの中央帯の3重の輪のほか、一部4重となる弧状の列石や外帯を囲む直径4m前後の環状配石などで構成されています。

石の組み方

石の組み方

環状列石の外帯と内帯は、楕円形の石を縦に置き、その両側に平らな石を数段積み重ね、あたかも石垣を築くように並べられています。

この縦横交互の列石は、全国的にも珍しく“小牧野式”配列(配石)とも呼ばれています。

環状列石を構成する特殊組石など

第1号特殊組石 第2号特殊組石 第3号特殊組石
第1号特殊組石 第2号特殊組石 第3号特殊組石
第7号特殊組石 第9号特殊組石 第2・3号環状配石
第7号特殊組石 第9号特殊組石 第2・3号環状配石

祭祀場としての広場

広場と列石(手前:中央帯)

環状列石の中央に立ってみると列石の内側に広い空間があることがわかります。

この広場は、多くの人々が集うことのできる面積(約500平方メートル)が確保されており、彼らの精神文化と関わる「祭祀場」としての性格が考えられます。

また、広場の周縁が石垣状の列石に囲まれているため、さながら円形劇場のような空間効果を演出しています。

馬頭観世音

馬頭観世音

環状列石の第9号特殊組石の近くには、嘉永7年(1854年)の年号が刻まれた江戸時代末期の馬頭観世音碑が建っています。この場所一帯は、江戸時代から馬の放牧場として使用され「小牧野」の地名はそのことに由来します。馬頭観世音碑は、元からその場所にあった環状列石の石を転用されたものと思われます。